広告代理店に10年勤めました。本当はクリエイティブ志望だったのですが、営業に向いていると言われて、営業局で仕事していたんです。
7年目くらいだったでしょうか、インターネットが徐々に世の中に普及し始めたので、インターネット事業部を立ち上げたいと社長に言ったんです。実はすでにその事業部は社内にあって、僕が知らないだけだったのですが、社長から、「近藤くんのいまの売り上げに比べたら、ゼロが2つ違う。そんなオモチャみたいなもの本気でいじってどうするんだ」と言われました。それを聞いて、この会社と僕の考えは違うと思った。インターネットの黎明期で可能性は無限に広がっていましたからね。それで、会社を辞めて独立する決心をしたんです。
2000年に会社を設立し、それからまもなくして、インターネット上で地理情報を3次元の中で検索するという、新しいタイプの検索サービスをスイスの会社と提携して始めたんです。そうしたら、世界で2社しかないという希少性から業務提携したいという話が日本中からやってきた。出資の話なども大きくなり、もうマネーゲーム状態でした。
ところが、それから間もなく、アメリカにあった唯一の競合社「キーホール」というベンチャー企業がグーグルに買収されて、現在の「グーグルアース」という名前に変更になった。それまで有料サービスだった3次元地理的検索が一気に無料サービスに変わって、グーグル一色になってしまった。スイスの会社との提携も解消され、営業譲渡、廃業届け。まるで海の潮が引くようでしたね。
本当に何もなくなってしまって、毎日ぼーっとしていました。真夏の早朝に犬を連れて散歩していたときのことです。公園の中を歩いていると、草の上に、ひとしずくの朝露があって、朝日の中で七色に輝いていたんです。本当に美しくて、それを見たとたん、急に涙があふれて止まらなくなってしまった。
仕事がうまくいかなくなっても泣いたことなんてないのに、いったい何なんだろう?って自分でもわけがわからなかったです。いま思うと、それまで自分が信じていた経済や、お金やビジネス、競争などの勝ち負けの世界とは違う世界があることに、突然気づかされたのではないかと思います。自然、愛、感謝なんてバカにしていたんですが、朝露の輝きを見たとたんに、そうしたものが、頭ではなくて体の中にふわって入ってくるような感じがあった。生き方を変えてみたいって強く思いました。
思考が転換してからは、人間関係も大きく変わっていきました。「この人に会ったらおもしろいかもよ」って、紹介していただくご縁の中で、木村秋則さんに出会ったんです。木村さんにお会いして、なんて魅力的な人なんだろうって思ったし、いままでのビジネスの世界にはなかった価値観や考え方に感銘を受けて、木村さんが提唱する「自然栽培」を広げるお手伝いをしたいと思って、携わるようになっていきました。
一方で、その頃の僕は、肉体的にも精神的にもボロボロでした。24時間ずっとお腹が痛くて、痛くないのは酒飲んでいるときと風呂に入っているとき、あとはジムで走っているときだけ。
病院へ行っても、どこも悪くないと言われて薬をもらう。薬は一時的に効くけど止めるとまた痛い。
それでひらめいたのは、自然栽培食材を自分で試してみようということでした。
まず自然栽培の玄米を食べてみることから始めました。そうしたら次の朝の腸の調子がまったく違った。ずっとお腹を下しているような状態だったのに、玄米食べた翌朝トイレに行って、あれ!?って。「食」って、こんなにすごいものなのかって思いました。
実は、その時期に苦しんでいたのは僕だけじゃなくて、うちの犬も皮膚病と闘っていたんです。病院に連れていくとステロイド剤をばんばん打たれていました。それでも皮膚は真っ赤でボロボロ。僕が食を変えて良くなったんだから、うちの犬も食を変えれば良くなるんじゃないかと。そう思った理由はもうひとつあります。公園などで犬を2〜3匹連れて散歩しているのを見かけると、その犬たちが3匹そろって皮膚病ということがけっこうあるんです。犬種も違うのに、みんな皮膚病になっているのだから、これは食べ物が原因じゃないだろうかと思った訳です。
それで、うちの犬にドッグフードを与えるのをやめて、自然栽培の玄米と野菜を食べさせたんです。そうしたら、あんなに真っ赤だった皮膚がみるみるきれいになったんです。やっぱり食が大事だと確信しました。犬の皮膚病が完治したのを見た僕の奥さんは、すぐに冷蔵庫の中のものを生鮮も加工品もできる限り自然栽培のものに切り換えたんです。
もちろん全部は揃わないわけですが、自然栽培で手に入らないものは有機栽培で代用しました。そうしているうちに、僕は75キロだった体重が13キロ落ちて62キロに。大学4年生の時の体重に戻った。動いていても軽いし、足が速くなった。学生時代からずっとテニスをやっているので体の変化がわかるんです。僕も犬も元気になって、もちろん奥さんも体調が良くなった。とにかく驚くほどの変化でした。
実体験で得た、自然が育む食の偉大さ、素晴らしさをみんなに伝えたい、驚かせたいと思ったのが、いまの仕事の原点なんです。2012年に、美味しくて、元気になる食を届けるために、ハミングバードを正式にオープンしました。
それまでの僕は、食についての考えが独りよがりだったと思うんです。
ところが自然栽培に出会ったことによって、「共存」とか「共生」という考え方が自分の中に生まれました。
例えば、著名な免疫学者で医学博士の藤田紘一郎先生は、私たちの体の腸の中には100兆、1000兆もの腸内細菌がいて、健康な人の平均的な腸内細菌の重さは1.5キロ~2キロだとおっしゃっています。ノートパソコンより重いんです!
それを聞いたときに、腸内細菌のような微生物たちに生かされている僕の存在は、「I」じゃなくて、「We」なんじゃないかと思えた。
「I」の自分が食べたいものを選ぶんじゃなくて、「We」が喜ぶものを選びたい。
彼らが欲しているのは、農薬や化学物質にまみれた食品じゃないはずです。
独りよがりの食ではなく、僕の体の“仲間たち”、もっと言えば自然界の仲間たちが喜ぶものを食べたいって思ったんです。
自然栽培のお米や野菜、果物って、刺激やインパクトがある美味しさかといえば、そうとは限らないと思うんです。
最近の飲食店の食味は、とにかく一瞬のインパクト重視。分かりやすい個性とインパクトで集客しているように感じます。
でも、自然栽培の美味しさは、そういう美味しさとは少し違う。すーっとしていて、透明感のある美味しさです。だから、わかりやすい驚きを求める人にとっては、期待していたような感動はないかもしれないですね。
ただ、様々なインターネットサービスを目にしてきた僕が見て面白いと感じるのは、自然栽培の食材を求めているお客様には、どこか共通した傾向があるという点です。一般にネットショップは、〝物とお金のやり取りだけ〟で終了します。ところがハミングバードには、利用者の方々から、「ありがとう」から始まるメッセージがたくさん届く。
例えば、「自然栽培の野菜を食べるようになってから家族が風邪をひかなくなった」とか、「子どもが買い置きしていたカップラーメンを食べなくなった」というような声が届く。これは本当に尊いことです。
自然栽培も木村さんの存在もそうですが、知れば知るほど“気づき”があります。木村さんは自然栽培の創始者であると同時に、最も自然を理解している人、もしくは、理解しようとしている人だと思います。
実は、僕は飽きっぽいんですが、この自然栽培の世界は、常に新しい発見があって、死ぬ瞬間まで本当に理解することはできないんじゃないかって思うくらい奥深い。「食べることは生きること」という言葉がありますが、僕の場合は、そこに「楽しむこと」がプラスされます。“気づき”や感動も含めた楽しさですね。
そういう意味でも、インターネットだからこそできるお届けの仕方があると思っています。食べることに付帯する、生き方とか、価値観や知識、さらに日本中の生産者さんや、仲間との出会いを楽しんでもらいたい。自然栽培の食を囲みながら、生産者と消費者、生産者同士、消費者同士が出会って交流することをイメージすると、僕自身とてもハッピーになるんです。
「食」という体験型の感動サービスを通じて、誰かの役に立てれば嬉しいなと。ハミングバードは、商品と一緒に愛をお届けしたいと思ってます。バカバカしいと思われるかもしれないけれど、かなり本気です(笑)。
近藤正樹 (こんどう まさき)
1967年、北海道芦別市生まれ。
10年間の広告代理店勤務を経て、2000年に独立。
その後、独自のインターネット3次元地理的検索サービスを提供するも、うまくいかず廃業。体調を崩していた頃に出会った自然栽培食材に感動、その後、自然栽培の専門店「ハミングバードショッピング」を開設。
尊敬する師でありアドバイザーの木村秋則さんの指導を得ながら自然栽培食材の普及に尽力する。
趣味はテニスとランニング。札幌市在住。